Beranda / 恋愛 / 銀の少女 / 第2章 動きだす世界 1/5

Share

第2章 動きだす世界 1/5

last update Terakhir Diperbarui: 2025-04-29 11:00:45

「紅音〈あかね〉。今朝は随分楽しそうだね」

 朝食を食べながら、桐島医院院長、桐島明雄〈きりしま・あきお〉が笑顔を向ける。

「はい、お父様。今朝はとても気分がよくて」

「何か、いいことでもあったのかな」

「はい、実は……」

 紅音は紅茶をひと口飲み、少し緊張気味に続けた。

「お友達が出来ました」

「友達……」

「はい。昨日コウと散歩している時、知り合った方なんです。何でもその方、つい最近こちらに越してきたばかりらしくて。

 色々お話させてもらっている内に、友達になりませんか、そうおっしゃってくれたんです」

「そうか、友達が……よかったじゃないか」

「は……はい!」

 父の反応に、紅音が安堵の表情を浮かべた。

「お嬢様、よほど嬉しかったみたいです。それにその方のこと、かなりお気に召されたご様子で」

 明雄のカップにコーヒーを注ぎながら、桐島家で給仕をしている山代晴美〈やましろ・はるみ〉が微笑む。

「お嬢様のスケッチブックに、その方のデッサンがありました」

「え……え? 晴美さん、見たんですか?」

 動揺する紅音に、晴美が満足そうな笑みを浮かべる。

「はい。お嬢様のベッドを整えている時に」

「え? え? 嘘、嘘」

 紅音が顔を真っ赤にしてうつむく。

 その反応、仕草を待っていたかのように、晴美は紅音の傍まで小走りに行くと、そのまま後ろから抱きしめた。

「きゃっ! は、晴美さん?」

「むふふふっ。これで今日も一日、しっかりお嬢様にご奉仕することが出来ます。あ、でもお嬢様、誤解なさらないでくださいませ。私、お嬢様の部屋を物色してた訳ではございませんので。ベッドを整えに入った時に『たまたま』スケッチブックが開かれてあったものですから」

「はっはっは。それで晴美くん、紅音の友達というの

Lanjutkan membaca buku ini secara gratis
Pindai kode untuk mengunduh Aplikasi
Bab Terkunci

Bab terkait

  • 銀の少女   第2章 動きだす世界 2/5

    「ゆーずきー、一緒に食べよー」 昼休み。 弁当箱を手にした早苗〈さなえ〉が、そう言って柚希〈ゆずき〉の肩を叩く。「うん、小倉さん」「さ・な・え。そんなに私を名前で呼ぶの、嫌?」「いや、そうじゃなくて……学校では名前で呼ぶの、勘弁してよ」「なーに言ってるんだか。私の名前なんだからいいじゃない。別に違う名前で呼べって言ってる訳でもないんだからさ」「いや、だから……ほら、みんな見てるから」「はいはい分かりました。藤崎君、一緒にお弁当食べませんか」「だから……怒らないでって」「ふふっ。ほら、柚希もお弁当出して」 クラスメイトの視線を気にもせず、早苗が柚希の前に座る。「はいお茶」「ありがと」 柚希が入れたお茶を受け取り、早苗が飲もうとすると、かけていた眼鏡がくもった。「ありゃりゃ、またやっちゃった。家ではかけてないから、つい忘れちゃうんだよね」 そう言って、早苗は舌を出して笑った。 * * * 早苗の視力は、眼鏡をかけるほど悪くない。 家にいる時は眼鏡なしで、特に支障もない。 しかし早苗は学校に行く時、必ず眼鏡をしていた。 そのことを柚希が聞いた時、早苗はモードチェンジなんだと答えた。 家ではリラックスモード、学校では委員長モード。 その切り替えにはこれが一番なんだと。 自分自身の気持ちを切り替える為に、高校に入った時に編み出した方法なんだと言っていた。 いつも柚希と登校する時、彼の前で眼鏡を取り出し、「装着!」 そう言って眼鏡をかける。 それは彼女の生真面目な性格から来ているものなんだ、そう柚希は理解していた。 * * * 机に並べられたふたつの弁当箱。

    Terakhir Diperbarui : 2025-04-30
  • 銀の少女   第2章 動きだす世界 3/5

     放課後。 ホームルームが終わると同時に、柚希〈ゆずき〉は教室を後にした。 小走りに小川に向かう。 時々後ろを振り返り、山崎たちがついてきていないか確認しながら、柚希は先を急いだ。 * * * 小川に着き時計を見ると、約束の時間までまだ30分ほどあった。 柚希は木の傍に鞄を置き、一眼レフのカメラを取り出した。 標準レンズを取り付けると、フイルムを入れてファインダー越しに辺りを見渡す。 昨日感じた通り、ここは撮影ポイントとしてかなりいい。 早速柚希はシャッターを切った。 気分が乗らない時や、被写体に魅力を感じない時には味わえない、いいリズムでシャッターを切っていく。 柚希にとって、至福の時間だった。 あっと言う間にフイルムを使い切り、二本目のフイルムを入れている時、土手の向こうから犬の鳴く声が聞こえた。 振り返るとそこに、真紅のワンピースに身を包み、黒い日傘を差した紅音〈あかね〉とコウの姿があった。「こんにちは」 昨日と同じ、風にかき消されそうなか細い声。 その声を聞くと、柚希の鼓動は高鳴った。「こ、こんにちは、紅音さん」 柚希の言葉に、紅音は嬉しそうに笑顔を向けた。 コウが柚希の元に走り飛びつく。「あはははっ。コウ、一日ぶり」 コウとじゃれあう柚希に微笑みながら、紅音は土手をゆっくりと下りてきた。「ここ、いいですか?」「は、はい……」 紅音が側に来ると、柚希の胸が熱くなった。 紅音は肩から提げていたバスケットを下ろすと、照れくさそうにうつむく柚希の隣に座った。「怪我の具合、どうですか?」「あ、はい、大丈夫です。本当にありがとうございました」「柚希さんのお役に立てたのなら……よかったです」「本当、

    Terakhir Diperbarui : 2025-05-01
  • 銀の少女   第2章 動きだす世界 4/5

     撮影は、想像していた以上に紅音〈あかね〉との距離を近くしていった。 柚希〈ゆずき〉もファインダー越しだと、自分でも不思議なくらい積極的に話しかけることが出来た。 気がつくと、二人は自然に会話出来るようになっていた。 幼い頃に亡くした母をほとんど覚えていないことや、愛犬のコウがシュナウザーという種類で、紅音が13歳の時に家に来たこと、自分に色がない分、濃い色が好きで、身につける物も自然と原色系になってしまうことなど、紅音は自分のことを興奮気味に話し続けた。 病気のおかげで学校にも行けず、他人と距離を置く生活をずっと続けてきた。 近所の住人や父の患者たちとの接触はあるものの、挨拶もままならなかった。 他人と離れすぎてしまった生き方に悩むこともあったが、挑戦する勇気も出なかった。 そんな自分が今、昨日会ったばかりの人とこんなに自然に話せている。 そのことが嬉しくて仕方なかった。 紅音は柚希との出会いに感謝し、喜びを感じていた。 柚希も紅音の話を聞きながら、もっと彼女のことを知りたい、そう思った。 そして、そんな風に感じられる人に出会えたことが、何より嬉しかった。 * * * 腕時計のアラームが鳴った。 その音に二人がはっとすると、いつの間にか空は茜色に染まっていた。「いけない。いつの間にか、もうこんな時間に」「す、すいません僕、時間も考えずに話しこんじゃって」「私の方こそ、楽しすぎて、つい……」 そう言ってお互い見つめ合い、笑った。「楽しかったです、紅音さん」「私こそ、ありがとうございました」「あ、それから……晴美〈はるみ〉さんにもお礼、言ってもらっていいですか。サンドイッチ、ごちそうさまでした。とてもおいしかったです」「晴美さん、きっと喜びます」「それから、お父さんにも伝えてもらえますか。近い内に、診察に伺いますって」

    Terakhir Diperbarui : 2025-05-02
  • 銀の少女   第2章 動きだす世界 5/5

    「それで、柚希〈ゆずき〉はどう? 試験の準備はばっちり?」「うん、何とか……」 小倉家でいつものように夕食、入浴を済ませた柚希が、早苗〈さなえ〉の部屋でそう答えた。 いつもなら居間にカルピスがあるのだが、今日はメモが一枚置いてあった。「カルピスは預かった。部屋まで来るのだ 早苗」 柚希は早苗の部屋が苦手だった。 同世代の女子の部屋。そう考えるだけで逃げたくなった。 それに早苗は、部屋ではいつもティーシャツに短パン姿で、目のやり場に困るのだった。 都会の間取りに比べれば開放感があるのだが、それでも二人きりで密室にいることに変わりはない。 だから柚希は、余程のことがない限り早苗の部屋には近付こうとしなかった。「何とかって柚希、ほんとに大丈夫? 確かにうちは田舎の高校だけど、そこそこレベル高いよ? 何なら勉強、見てあげようか?」「ありがとう。でも……今回は一人で頑張ってみるよ。こっちに来てから初めての試験だし」「そっか。ちょっと心配だけど、柚希がそう言うんだったらいいか。もし補習や追試になったら、その時しっかり見てあげよう」「ありがとう、早苗ちゃん」 来週に迫った中間試験。 柚希にとっては一年ぶりの定期試験だった。 早苗自身も勉強しなくてはならないのに、自分のことを気遣ってくれる、そんな早苗の気持ちが嬉しかった。「でも……久しぶりに入ったけど、いつ見てもすごいね」 そう言って、柚希が部屋を見回した。 壁には今、日本でブームとなっているハリソン・フォードの映画「レイダース/失われた聖櫃〈アーク〉」と、シルベスター・スタローンの「ランボー」のポスターが貼られていた。 机の上にはつい最近、全米で話題になった「E.T.」の人形が置かれている。 本棚には映画のパンフレットがぎっしりと詰まっていて、空い

    Terakhir Diperbarui : 2025-05-03
  • 銀の少女   第1章 邂逅 1/5

     優しい日差しが映り込み、川面が輝いていた。  昭和58年5月。  奈良県北部に位置する、この街に越して一ヶ月。  この小川にまで足を運んだのは初めてだった。 腰を下ろし木にもたれかかると、柚希〈ゆずき〉は少し顔をしかめた。  まだ痛む。殴られた頬が、そして蹴られた脇腹も、時間と共にずきずきとしてきた。  頭もまだ朦朧としている。制服の詰襟を外し、ベルトを緩めると呼吸が少し楽になった。  両手の親指と人差し指を使ってフレームを作り、小川や土手を眺める。  今度の休み、ここで写真を撮ろうか。  今しがた起こり、そしてまた、明日もあさっても続くであろう現実から目を背けるように、柚希は木にもたれたまま、フレーム越しに辺りを見渡した。 その時、柚希が気配を感じた。 今日はまだ許してくれないのか……あと何回殴られるんだ……勢いよく彼に近付いてくる足音に、柚希は目をつむり、諦めきった表情を浮かべた。 その時だった。  まだ少し血がにじんでいる彼の頬を、何者かが舐めてきた。「うわっ!」 予想外のことに、柚希が驚いて声を上げた。 振り向くと目の前に、太い眉を持った犬の顔があった。「え……犬……?」 息を荒げて柚希を見つめるその犬に、思わず柚希が微笑む。  そして次の瞬間、その犬に舐められた頬の傷に痛みが走り、顔をしかめた。 しかし犬はおかまいなく柚希の上に乗り、再び顔を舐めだした。「え? え? ちょ……ちょっと、やめろ、やめろってお前……ははっ、あははははははっ」 尻尾を振りながら顔を舐めてくるその犬に、いつしか柚希は声を上げて笑っていた。  散々殴られた後なので、犬を払いのける気力も残っていない。  柚希は笑いながら、しばらく犬にされるがままになった。  しかし不思議と、さっきまでの重い気持ちが軽くなっていくような気が

    Terakhir Diperbarui : 2025-04-26
  • 銀の少女   第1章 邂逅 2/5

     しばらくして。  羞恥のあまり、柚希〈ゆずき〉がうなだれた。  女はそんな柚希を怪訝そうに見つめながら、柚希の頭にそっと手を置いた。「大丈夫……ですか?」「いえ、その……すいません」「謝らないでください、その……」 女は何か言おうとしたが、思いとどまるように口を閉じた。「あの、何か……」 その助け舟に少し安堵の表情を浮かべた女が、緊張気味に柚希を見つめた。「よろしければ、その……お名前を……うかがっても……」「あ……はい。僕は柚希、藤崎柚希〈ふじさき・ゆずき〉です」「柚希さん……綺麗なお名前ですね。耳に響く音がとても心地いいです。あの、よければ……柚希さんってお呼びしてもいいですか」 手を合わせて微笑む女に、柚希の頬がまた赤く染まった。「は、はい。柚希でお願いします」 勢いよく頭を下げる柚希に、女は小さく笑った。「柚希さん、私は紅音、桐島紅音〈きりしま・あかね〉です。どうかよろしくお願いします。それからコウのこと、本当にすいませんでした」「いえそんな、こちらこそ。その……桐島さん」「柚希さんさえよろしければ、どうか私のことも紅音とお呼び下さい。私もお名前でお呼びさせてもらってますし、それに……その方が嬉しいです」 紅音の言葉に、柚希は胸の鼓動を抑えられなくなっていた。 * * * 柚希はこれまで、同世代の女子とほとんど話したことがなかった。  この街に越して来て、隣の家の同級生、小倉早苗〈おぐら・さなえ〉が初めてまともに会話した女子と言ってもよかった。 早苗は活発な子で、柚希の父からよろしくと頼まれたことを真剣に受け止め、色々と世話を焼いてくれていた。 家族ぐるみの付き合いをしていく中で、早苗は自分を小倉ではなく、早苗と呼ぶよう柚希に言ってきた。  でないと私を呼んでるのか、お父さんを呼んでるのかお母さんを呼んでるのか分からない。そんな理由だ

    Terakhir Diperbarui : 2025-04-26
  • 銀の少女   第1章 邂逅 3/5

    「柚希〈ゆずき〉さんはこの場所、初めてなんですよね」「あ、はい。いつもは学校が終わるとまっすぐ帰ってるんですけど、今日はちょっと色々あって、少し休むつもりで」「それって、その傷と関係あるのですか」「あ、いや、それは……」 その言葉に、柚希が少し表情を曇らせた。「ごめんなさい。私、余計なことを」「いえ、大丈夫です。気にしないで」「本当にごめんなさい。私、こうして人とお話するのが久しぶりなので、少し興奮してるみたいで……あの、柚希さん」 そう言って、紅音〈あかね〉が距離を詰める。甘い香りがした。「え……」「大丈夫です。少しだけ、動かないでもらえますか……」  紅音が腰を下ろすと、木にもたれる柚希に覆いかぶさるような格好になった。  紅音の動きに柚希は混乱し、慌てて目を閉じた。  手袋を外した紅音は右手で柚希の頬に触れ、左手を木に沿えると小さくつぶやいた。 「お願い……少しだけ、あなたの力を貸してください……」 不思議な感覚だった。  紅音の手のぬくもりが、頬から体全体に伝わってくるようだった。  そのぬくもりは温かく、そして心地よくて。  言い様のない安息感が柚希を包み込んだ。 * * *「どう……ですか?」「え……」「まだ痛みますか?」 紅音の声に柚希が目を開けると、目の前に紅音の顔があった。  吐息を間近に感じる。  目が合った柚希は、緊張の余り全身が硬直するような感覚に見舞われた。「あ、あの、紅音……さん……」「え?」「あのその……顔、顔が、その……近いです……」「あっ!」 柚希の言葉に、紅音が慌てて離れて目を伏せた。「ご、ごめんなさい、私……また変なことを……」「あ

    Terakhir Diperbarui : 2025-04-26
  • 銀の少女   第1章 邂逅 4/5

     木造二階建ての、古びた一軒家。それが柚希〈ゆずき〉の家だった。 門扉を開けて中に入ると、少しばかりの庭がある。  都会でマンション暮らしだった彼にとって、庭があるのは新鮮だった。 ここに越して真っ先に彼がしたことは、庭に菜園を作ることだった。  三年ほど誰も住んでいなかったせいもあり、来た時には雑草が生い茂って荒れ放題になっていた。  越してきて一ヶ月。ようやく土も落ち着き、二十日大根やトマトの芽が出ていた。  玄関の鍵を開けて土間に鞄を置くと、彼は菜園に水をまいた。「おかえり柚希。遅かったね」 彼の家の隣に、同じような造りをした一軒家がある。  その二階の窓から顔を出した早苗〈さなえ〉が、声をかけてきた。「もうすぐご飯出来るから。それ終わったら手を洗って来るんだよ」 そう言って早苗は大袈裟に手を振り、微笑んだ。  柚希も手を振って応える。 水をやり終えると家に入り、制服を脱いだ。  傷はなくなったが、あちこちが土で汚れていた。このまま行けば、また早苗から質問攻めにあってしまう。  クラス委員でもある早苗の親切は嬉しいが、こればかりは簡単に解決出来るものではない。  早苗も薄々感じていて、事あるごとに聞いてくるのだが、安っぽい男のプライドが、女子に相談することにブレーキをかけていた。  それに何より、早苗に心配をかけるのが嫌だった。「こんばんは」「おお、おかえり。丁度呼びに行こうとしてたところだ。早く入りなさい」 早苗の父、小倉孝司〈おぐら・たかし〉が、夕刊を手に柚希を出迎えた。「あ、はい……いつもすいません」「そろそろそのかしこまったの、なんとかせんとな。うははははははっ」 豪快に笑う孝司に続いて、柚希も居間に向かった。「お兄ちゃん、いらっしゃい。巨人勝ってるよ」 早苗の弟、昇〈のぼる〉が嬉しそうに柚希を迎える。「なるほど。それでおじさん、ご機嫌なんだね」「何を言

    Terakhir Diperbarui : 2025-04-27

Bab terbaru

  • 銀の少女   第2章 動きだす世界 5/5

    「それで、柚希〈ゆずき〉はどう? 試験の準備はばっちり?」「うん、何とか……」 小倉家でいつものように夕食、入浴を済ませた柚希が、早苗〈さなえ〉の部屋でそう答えた。 いつもなら居間にカルピスがあるのだが、今日はメモが一枚置いてあった。「カルピスは預かった。部屋まで来るのだ 早苗」 柚希は早苗の部屋が苦手だった。 同世代の女子の部屋。そう考えるだけで逃げたくなった。 それに早苗は、部屋ではいつもティーシャツに短パン姿で、目のやり場に困るのだった。 都会の間取りに比べれば開放感があるのだが、それでも二人きりで密室にいることに変わりはない。 だから柚希は、余程のことがない限り早苗の部屋には近付こうとしなかった。「何とかって柚希、ほんとに大丈夫? 確かにうちは田舎の高校だけど、そこそこレベル高いよ? 何なら勉強、見てあげようか?」「ありがとう。でも……今回は一人で頑張ってみるよ。こっちに来てから初めての試験だし」「そっか。ちょっと心配だけど、柚希がそう言うんだったらいいか。もし補習や追試になったら、その時しっかり見てあげよう」「ありがとう、早苗ちゃん」 来週に迫った中間試験。 柚希にとっては一年ぶりの定期試験だった。 早苗自身も勉強しなくてはならないのに、自分のことを気遣ってくれる、そんな早苗の気持ちが嬉しかった。「でも……久しぶりに入ったけど、いつ見てもすごいね」 そう言って、柚希が部屋を見回した。 壁には今、日本でブームとなっているハリソン・フォードの映画「レイダース/失われた聖櫃〈アーク〉」と、シルベスター・スタローンの「ランボー」のポスターが貼られていた。 机の上にはつい最近、全米で話題になった「E.T.」の人形が置かれている。 本棚には映画のパンフレットがぎっしりと詰まっていて、空い

  • 銀の少女   第2章 動きだす世界 4/5

     撮影は、想像していた以上に紅音〈あかね〉との距離を近くしていった。 柚希〈ゆずき〉もファインダー越しだと、自分でも不思議なくらい積極的に話しかけることが出来た。 気がつくと、二人は自然に会話出来るようになっていた。 幼い頃に亡くした母をほとんど覚えていないことや、愛犬のコウがシュナウザーという種類で、紅音が13歳の時に家に来たこと、自分に色がない分、濃い色が好きで、身につける物も自然と原色系になってしまうことなど、紅音は自分のことを興奮気味に話し続けた。 病気のおかげで学校にも行けず、他人と距離を置く生活をずっと続けてきた。 近所の住人や父の患者たちとの接触はあるものの、挨拶もままならなかった。 他人と離れすぎてしまった生き方に悩むこともあったが、挑戦する勇気も出なかった。 そんな自分が今、昨日会ったばかりの人とこんなに自然に話せている。 そのことが嬉しくて仕方なかった。 紅音は柚希との出会いに感謝し、喜びを感じていた。 柚希も紅音の話を聞きながら、もっと彼女のことを知りたい、そう思った。 そして、そんな風に感じられる人に出会えたことが、何より嬉しかった。 * * * 腕時計のアラームが鳴った。 その音に二人がはっとすると、いつの間にか空は茜色に染まっていた。「いけない。いつの間にか、もうこんな時間に」「す、すいません僕、時間も考えずに話しこんじゃって」「私の方こそ、楽しすぎて、つい……」 そう言ってお互い見つめ合い、笑った。「楽しかったです、紅音さん」「私こそ、ありがとうございました」「あ、それから……晴美〈はるみ〉さんにもお礼、言ってもらっていいですか。サンドイッチ、ごちそうさまでした。とてもおいしかったです」「晴美さん、きっと喜びます」「それから、お父さんにも伝えてもらえますか。近い内に、診察に伺いますって」

  • 銀の少女   第2章 動きだす世界 3/5

     放課後。 ホームルームが終わると同時に、柚希〈ゆずき〉は教室を後にした。 小走りに小川に向かう。 時々後ろを振り返り、山崎たちがついてきていないか確認しながら、柚希は先を急いだ。 * * * 小川に着き時計を見ると、約束の時間までまだ30分ほどあった。 柚希は木の傍に鞄を置き、一眼レフのカメラを取り出した。 標準レンズを取り付けると、フイルムを入れてファインダー越しに辺りを見渡す。 昨日感じた通り、ここは撮影ポイントとしてかなりいい。 早速柚希はシャッターを切った。 気分が乗らない時や、被写体に魅力を感じない時には味わえない、いいリズムでシャッターを切っていく。 柚希にとって、至福の時間だった。 あっと言う間にフイルムを使い切り、二本目のフイルムを入れている時、土手の向こうから犬の鳴く声が聞こえた。 振り返るとそこに、真紅のワンピースに身を包み、黒い日傘を差した紅音〈あかね〉とコウの姿があった。「こんにちは」 昨日と同じ、風にかき消されそうなか細い声。 その声を聞くと、柚希の鼓動は高鳴った。「こ、こんにちは、紅音さん」 柚希の言葉に、紅音は嬉しそうに笑顔を向けた。 コウが柚希の元に走り飛びつく。「あはははっ。コウ、一日ぶり」 コウとじゃれあう柚希に微笑みながら、紅音は土手をゆっくりと下りてきた。「ここ、いいですか?」「は、はい……」 紅音が側に来ると、柚希の胸が熱くなった。 紅音は肩から提げていたバスケットを下ろすと、照れくさそうにうつむく柚希の隣に座った。「怪我の具合、どうですか?」「あ、はい、大丈夫です。本当にありがとうございました」「柚希さんのお役に立てたのなら……よかったです」「本当、

  • 銀の少女   第2章 動きだす世界 2/5

    「ゆーずきー、一緒に食べよー」 昼休み。 弁当箱を手にした早苗〈さなえ〉が、そう言って柚希〈ゆずき〉の肩を叩く。「うん、小倉さん」「さ・な・え。そんなに私を名前で呼ぶの、嫌?」「いや、そうじゃなくて……学校では名前で呼ぶの、勘弁してよ」「なーに言ってるんだか。私の名前なんだからいいじゃない。別に違う名前で呼べって言ってる訳でもないんだからさ」「いや、だから……ほら、みんな見てるから」「はいはい分かりました。藤崎君、一緒にお弁当食べませんか」「だから……怒らないでって」「ふふっ。ほら、柚希もお弁当出して」 クラスメイトの視線を気にもせず、早苗が柚希の前に座る。「はいお茶」「ありがと」 柚希が入れたお茶を受け取り、早苗が飲もうとすると、かけていた眼鏡がくもった。「ありゃりゃ、またやっちゃった。家ではかけてないから、つい忘れちゃうんだよね」 そう言って、早苗は舌を出して笑った。 * * * 早苗の視力は、眼鏡をかけるほど悪くない。 家にいる時は眼鏡なしで、特に支障もない。 しかし早苗は学校に行く時、必ず眼鏡をしていた。 そのことを柚希が聞いた時、早苗はモードチェンジなんだと答えた。 家ではリラックスモード、学校では委員長モード。 その切り替えにはこれが一番なんだと。 自分自身の気持ちを切り替える為に、高校に入った時に編み出した方法なんだと言っていた。 いつも柚希と登校する時、彼の前で眼鏡を取り出し、「装着!」 そう言って眼鏡をかける。 それは彼女の生真面目な性格から来ているものなんだ、そう柚希は理解していた。 * * * 机に並べられたふたつの弁当箱。

  • 銀の少女   第2章 動きだす世界 1/5

    「紅音〈あかね〉。今朝は随分楽しそうだね」 朝食を食べながら、桐島医院院長、桐島明雄〈きりしま・あきお〉が笑顔を向ける。「はい、お父様。今朝はとても気分がよくて」「何か、いいことでもあったのかな」「はい、実は……」 紅音は紅茶をひと口飲み、少し緊張気味に続けた。「お友達が出来ました」「友達……」「はい。昨日コウと散歩している時、知り合った方なんです。何でもその方、つい最近こちらに越してきたばかりらしくて。 色々お話させてもらっている内に、友達になりませんか、そうおっしゃってくれたんです」「そうか、友達が……よかったじゃないか」「は……はい!」 父の反応に、紅音が安堵の表情を浮かべた。「お嬢様、よほど嬉しかったみたいです。それにその方のこと、かなりお気に召されたご様子で」 明雄のカップにコーヒーを注ぎながら、桐島家で給仕をしている山代晴美〈やましろ・はるみ〉が微笑む。「お嬢様のスケッチブックに、その方のデッサンがありました」「え……え? 晴美さん、見たんですか?」 動揺する紅音に、晴美が満足そうな笑みを浮かべる。「はい。お嬢様のベッドを整えている時に」「え? え? 嘘、嘘」 紅音が顔を真っ赤にしてうつむく。 その反応、仕草を待っていたかのように、晴美は紅音の傍まで小走りに行くと、そのまま後ろから抱きしめた。「きゃっ! は、晴美さん?」「むふふふっ。これで今日も一日、しっかりお嬢様にご奉仕することが出来ます。あ、でもお嬢様、誤解なさらないでくださいませ。私、お嬢様の部屋を物色してた訳ではございませんので。ベッドを整えに入った時に『たまたま』スケッチブックが開かれてあったものですから」「はっはっは。それで晴美くん、紅音の友達というの

  • 銀の少女   第1章 邂逅 5/5

     湯船につかりながら、柚希〈ゆずき〉は紅音〈あかね〉のことを考えていた。 ここに越してから、柚希は基本、食事と風呂を小倉家で済ませている。  初めの頃は、自分の家があり生活があるからと拒んでいたのだが、早苗〈さなえ〉の勢いに流される回数が徐々に増えていき、いつの間にかこれが日常になっていた。「綺麗な人、だったな……紅音さん……」 小さく笑う紅音を思い出すと、自然と口元が緩んだ。 * * * 柚希はこれまで、身近な女性を意識したことがなかった。  清楚で無垢、そして自分を包み込んでくれる存在。それが柚希の求める女性像だった。  それは幼い頃に事故で亡くした、大好きだった母親への想いに重ねられているとも言えた。  どこにいても浮いた存在で、常にいじめの対象だった彼に興味を持つ女性もいなかったが、彼自身、劣等感を持つこともなかった。  彼の理想の女性像を、同世代に求めることが出来ないと分かっていたからだ。 しかし紅音は、その理想を求めるに足る初めての女性だった。  勿論彼女のことを、まだ何も知らない。  しかし彼女の姿を思い描き、仕草を思い返すと、彼の胸は高鳴った。 湯船から出た柚希は、椅子に座り体を洗い出した。  毎日のように受ける暴力で、体のあちこちは傷ついていた。  いつもは痛くならないように、慎重に慎重に洗っていた。  しかし今日、本当に久しぶりに。痛みを気にせず洗うことが出来た。  それが嬉しかった。  その時、突然ドアが開いた。「柚希―、湯加減どう?」 短パンにティーシャツ姿の早苗だった。「うわっ!」 柚希は反射的に湯船に飛び込んだ。「早苗ちゃん、いつも言ってるだろ。いきなりドアを開けないでって」「あははははっ、別にいいじゃない。私にとっては柚希も昇〈のぼる〉も、可愛い可愛い弟なんだからさ。これぐらいで騒がないの」「い

  • 銀の少女   第1章 邂逅 4/5

     木造二階建ての、古びた一軒家。それが柚希〈ゆずき〉の家だった。 門扉を開けて中に入ると、少しばかりの庭がある。  都会でマンション暮らしだった彼にとって、庭があるのは新鮮だった。 ここに越して真っ先に彼がしたことは、庭に菜園を作ることだった。  三年ほど誰も住んでいなかったせいもあり、来た時には雑草が生い茂って荒れ放題になっていた。  越してきて一ヶ月。ようやく土も落ち着き、二十日大根やトマトの芽が出ていた。  玄関の鍵を開けて土間に鞄を置くと、彼は菜園に水をまいた。「おかえり柚希。遅かったね」 彼の家の隣に、同じような造りをした一軒家がある。  その二階の窓から顔を出した早苗〈さなえ〉が、声をかけてきた。「もうすぐご飯出来るから。それ終わったら手を洗って来るんだよ」 そう言って早苗は大袈裟に手を振り、微笑んだ。  柚希も手を振って応える。 水をやり終えると家に入り、制服を脱いだ。  傷はなくなったが、あちこちが土で汚れていた。このまま行けば、また早苗から質問攻めにあってしまう。  クラス委員でもある早苗の親切は嬉しいが、こればかりは簡単に解決出来るものではない。  早苗も薄々感じていて、事あるごとに聞いてくるのだが、安っぽい男のプライドが、女子に相談することにブレーキをかけていた。  それに何より、早苗に心配をかけるのが嫌だった。「こんばんは」「おお、おかえり。丁度呼びに行こうとしてたところだ。早く入りなさい」 早苗の父、小倉孝司〈おぐら・たかし〉が、夕刊を手に柚希を出迎えた。「あ、はい……いつもすいません」「そろそろそのかしこまったの、なんとかせんとな。うははははははっ」 豪快に笑う孝司に続いて、柚希も居間に向かった。「お兄ちゃん、いらっしゃい。巨人勝ってるよ」 早苗の弟、昇〈のぼる〉が嬉しそうに柚希を迎える。「なるほど。それでおじさん、ご機嫌なんだね」「何を言

  • 銀の少女   第1章 邂逅 3/5

    「柚希〈ゆずき〉さんはこの場所、初めてなんですよね」「あ、はい。いつもは学校が終わるとまっすぐ帰ってるんですけど、今日はちょっと色々あって、少し休むつもりで」「それって、その傷と関係あるのですか」「あ、いや、それは……」 その言葉に、柚希が少し表情を曇らせた。「ごめんなさい。私、余計なことを」「いえ、大丈夫です。気にしないで」「本当にごめんなさい。私、こうして人とお話するのが久しぶりなので、少し興奮してるみたいで……あの、柚希さん」 そう言って、紅音〈あかね〉が距離を詰める。甘い香りがした。「え……」「大丈夫です。少しだけ、動かないでもらえますか……」  紅音が腰を下ろすと、木にもたれる柚希に覆いかぶさるような格好になった。  紅音の動きに柚希は混乱し、慌てて目を閉じた。  手袋を外した紅音は右手で柚希の頬に触れ、左手を木に沿えると小さくつぶやいた。 「お願い……少しだけ、あなたの力を貸してください……」 不思議な感覚だった。  紅音の手のぬくもりが、頬から体全体に伝わってくるようだった。  そのぬくもりは温かく、そして心地よくて。  言い様のない安息感が柚希を包み込んだ。 * * *「どう……ですか?」「え……」「まだ痛みますか?」 紅音の声に柚希が目を開けると、目の前に紅音の顔があった。  吐息を間近に感じる。  目が合った柚希は、緊張の余り全身が硬直するような感覚に見舞われた。「あ、あの、紅音……さん……」「え?」「あのその……顔、顔が、その……近いです……」「あっ!」 柚希の言葉に、紅音が慌てて離れて目を伏せた。「ご、ごめんなさい、私……また変なことを……」「あ

  • 銀の少女   第1章 邂逅 2/5

     しばらくして。  羞恥のあまり、柚希〈ゆずき〉がうなだれた。  女はそんな柚希を怪訝そうに見つめながら、柚希の頭にそっと手を置いた。「大丈夫……ですか?」「いえ、その……すいません」「謝らないでください、その……」 女は何か言おうとしたが、思いとどまるように口を閉じた。「あの、何か……」 その助け舟に少し安堵の表情を浮かべた女が、緊張気味に柚希を見つめた。「よろしければ、その……お名前を……うかがっても……」「あ……はい。僕は柚希、藤崎柚希〈ふじさき・ゆずき〉です」「柚希さん……綺麗なお名前ですね。耳に響く音がとても心地いいです。あの、よければ……柚希さんってお呼びしてもいいですか」 手を合わせて微笑む女に、柚希の頬がまた赤く染まった。「は、はい。柚希でお願いします」 勢いよく頭を下げる柚希に、女は小さく笑った。「柚希さん、私は紅音、桐島紅音〈きりしま・あかね〉です。どうかよろしくお願いします。それからコウのこと、本当にすいませんでした」「いえそんな、こちらこそ。その……桐島さん」「柚希さんさえよろしければ、どうか私のことも紅音とお呼び下さい。私もお名前でお呼びさせてもらってますし、それに……その方が嬉しいです」 紅音の言葉に、柚希は胸の鼓動を抑えられなくなっていた。 * * * 柚希はこれまで、同世代の女子とほとんど話したことがなかった。  この街に越して来て、隣の家の同級生、小倉早苗〈おぐら・さなえ〉が初めてまともに会話した女子と言ってもよかった。 早苗は活発な子で、柚希の父からよろしくと頼まれたことを真剣に受け止め、色々と世話を焼いてくれていた。 家族ぐるみの付き合いをしていく中で、早苗は自分を小倉ではなく、早苗と呼ぶよう柚希に言ってきた。  でないと私を呼んでるのか、お父さんを呼んでるのかお母さんを呼んでるのか分からない。そんな理由だ

Jelajahi dan baca novel bagus secara gratis
Akses gratis ke berbagai novel bagus di aplikasi GoodNovel. Unduh buku yang kamu suka dan baca di mana saja & kapan saja.
Baca buku gratis di Aplikasi
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi
DMCA.com Protection Status